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木陰のアムゼル2号庵

木陰のアムゼル2号庵にようこそ。ドイツで暮らしています。散歩と旅が大好き。琴線に触れたもの達をここに拾い集めていきたいと思います。そして目に留まった日常のさりげない一コマも。


by sternenlied

蚤の市 3

本もずらっと川の囲いの上に並べてありました。

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比較的新しい時代に出版された本の中古ばかりではなくて、
いかにもアンティックな趣の本もたくさんありました。

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右下の画集は、我が町の戦争で破壊される前の風景画集なのかもしれません。
以前アンティックな本ではありませんが、そういう画集を買って
日本に住んでる友達に贈ったことがありました。

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並んでる本を眺めながら歩いていた時に、ふと目に留まったのが、表に「百聞は一見に如かず」と書かれたこの本!思わず手にとってパラパラとめくってみたら、懐かしい写真の数々。日本を紹介してる写真集は色々売られてますが、この写真集に写ってる光景は現代のものではないのですよね。何年に出版されたのかなとチェックしてみたら、何と1964年にドイツで出版された本だったのですよね。1964年というと、私が3歳の時に出版された本ではありませんか!60年代は懐かしい思い出がたくさん詰まった大好きな時代であったので、即、迷わず、買おう!と思いました。私が蚤の市で生まれて初めて買った物というのはこの日本の写真集です。176ページあって、モノクロ写真が134ページ、カラー写真が8ページの写真集です。この本を持って、直ぐ向かい側に立っていた出店に行って、これはあなたの物ですかと尋ねると、いや、違うと言って、少し横の方に離れた所にある出店に立っていた男性を指差して教えてくれました。あちらへと向かい、値段を恐る恐る聞いてみたら、向こうも恐る恐る7ユーロ(約800円)と答えてくれました。思ったよりもずっと安かったので、値切ることもせずに買ってきました。この国の人なんですか、こんな本も持ってるんだけど、何の本ですかと見せてくれた本が正倉院の美術工芸品の目録のような本だったので、説明して教えてあげました。お金を払うと、この本を楽しんでくださいねとフレンドリーに言ってくれました。宝物を見つけたような気分でルンルンと上機嫌で家に戻ってきましたよ。

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買ってきて満足して、何だか今本を開いて読むのがもったいなくて、先に買って読んでる途中の本もあることだし、後でゆっくりと読むことにしようと、写真を部分的にめくって眺めていただけで、そのまま本棚に収めていたのですよ。昨夜、このブログにアップする準備の為に本棚から取り出して、最初のページからめくっていき、前書きも読んでみると、何と、著者はドイツ人ではなく、また日本語からドイツ語に訳された本でもなく、ドイツに住んでいた日本人がドイツ語で著した本だということが分かったのですが、その著者というのが、出身地が岩手県盛岡で、1936年にドイツに移り住んだ可児和夫(かにかずお)さんという人でした。そして更には、最初の写真を見て驚きましたね!何と三陸復興国立公園の浄土ヶ浜の情景だったのですから!つい最近お知り合いになってコメントもいただいてる岩手県にお住いのLucianさんが、彼のブログの9月7日の記事にアップしていた海岸の岩場の親子象の形をした岩は三陸復興国立公園の最北端近くにあると教えてくださっていたのですが、その時に三陸復興国立公園を検索して浄土ヶ浜の景色を見ていたので、昨夜この写真集の最初の写真を見て、写真の説明書きには日本北部の太平洋に面した海岸としか書かれてませんでしたが、直ぐに見覚えがある!と思って確認してみたら、やはり三陸復興国立公園の浄土ヶ浜で、驚いてしまいました。私が蚤の市のでこの本を買ったのは9月3日でしたから、なんかすごいシンクロだなと思いました。


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著者の可児和夫さんについてもっと知りたくなって調べてみたら、「日端関係のページ」というサイトの「敗戦ドイツの首都に残る」という記事に可児和夫さんについて詳しいことが書かれてました。このサイトの管理人さんの承認をいただきまして、可児和夫さんに関する記事をリンクさせていただきました⇢「敗戦ドイツの首都に残る、可児和夫さん」

リンクさせていただいた記事にも書かれてますが、可児和夫さんは1936年にドイツに渡って以来、1939年から第二次世界大戦が始まってますから、戦前、戦時中、戦後と、日本人でありながら激動のドイツで暮らしていたことになります。スパイ扱いされてソ連の収容所に4年半過酷な状況の中で囚われていた体験もなさってます。1904年生まれで、1995年には91歳で健在だったそうですが、もっと早く知っていたらなあ。コンタクトを取って色々お話をお聞きしたかったものですが。「日端関係のページ」さんの記事によると、本籍は岐阜県だそうですが、写真集に本人が前書きに書いてるところによると、岩手の盛岡で生まれたそうです。可児和夫さんの前書きが興味深いので、ここにドイツ語から訳してみました。

「私は日本人であり、日露戦争の時代に日本人が日本のチベットと呼んでいる北日本の岩手県の盛岡で生まれました。私の名前は和夫、平和の男という意味です。両親が戦争が早く終わるようにと願ってつけてくれた名前です。私は東京帝国大学で法学を学び、九州大学では医学を学びました。1936年来ドイツに住んでいます。最初は医者として携わっていましたが、後でジャーナリストとなり、長年日本の新聞で書いています。ドイツは私にとって第二の故郷であり、ドイツ語は私の第二の母国語です。私はドイツ語で書かれている日本に関する本をたくさん読みましたが、その中には多くの誤解があるのを見出しました。その内の幾つかは滑稽でもあり、怒りを感じさせるものもあります。そういうわけで、日本人が自国のことをどう思っているのかを示す為に、ずっと前から日本に関する本を自分で書いてみたいと思っていました。今、ドイツの出版社が私のこの願いを叶えてくれ、とても喜んでいます。この本は日本人により直接ドイツ語で書かれており、日本語の文章のドイツ語訳ではありません。読者の皆さん、もしおかしい表現が見つかるようでしたら、大目に見てくださるようお願いいたします」

岩手県盛岡出身の可児和夫さん、余程故郷を愛していたのでしょうね。写真集の最初の写真が前記したように岩手県の三陸復興国立公園の浄土ヶ浜で、その後は日本の北方から南の九州へと情景を載せていき、その後でアイヌ、そしてまた故郷の岩手に戻り、岩手の村里の情景で締めくくっています。景色や暮らしの中の人々の姿の写真が一枚一枚素晴らしいのですが、皆お見せできないのが残念です。少しだけご紹介。


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これから丁寧に読んでいって、著者の魂に触れたいと思います。


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by sternenlied | 2016-09-27 01:11 | 街角